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2025/03/13 14:49 |
“9月27日”
さびた商店街。
ところどころ在る街灯と、自動販売機しか光ってない街。
潰れた店のシャッター。
あと一時間もすれば、だんだんと空も赤くなる夏の頃。
鳴り響くギター。そして歌声。
飯原は、いつものように歌っていた。
意味を知らない英語の歌。
日本語だと理解できるから嫌いだった。
甘っちょろい恋愛。
世界を呪う絶叫。
似たような歌詞を上げ連ねてプロフェッショナルだなんざ、失笑えた。
英語も翻訳ぐらい出来る。
でもしない。
無心で歌えるこっちの方が気持ち良い。
曲を弾き終えたところで、飯原は人の気配に気付いた。
近所のおっさんか、ポリだろうと思った。
何度も怒鳴られたり、職質受けたりしていたが、特に気にしていなかった。
何にも興味がなかった。
親父とか、仕事。過去や、未来。
とりあえず「今日」だけ転がしながら存在していた。
気配が近付いてくる中、歌の前奏を弾き始める。
「おーい」
気にせず最初の歌詞に入る。
「おいってば」
コードを間違えても、あやふやに歌って進める。
「おーいっ!」
「…何だよ!?」
曲の流れを断ち切られ、飯原は呼ぶ声に反応した。
「それ、何て曲?」
高校生くらいの女だった。
どこにでもいる服装。どこにでも見られる色の髪。
「何でもいいだろ」
適当に答え、ギターを抱えなおす。
「うん、何でもいいよぉ」
女はそう言って、飯原の前に屈みこんだ。
酒臭かった。
飯原は構わず、さっき歌いかけだった曲を頭から始めた。
歌うときは目を閉じていたが、ずっと自分の目を見つめられているのが感じられた。
邪魔だったが、同じくらいどうでもよかった。
不快感がなかった。

曲の間、視線はずっと飯原の目にあった。
歌い終えると、女が拍手する。
「何言ってるか分かんないけど、すごいじゃーん」
「そうかよ」
ギターを置きながらぶっきらぼうに答えると、女は持っていた水のボトルを差し出した。
「ライブ代」
「いらねぇ」
「あたしお金ないもーん」
「いらねぇ」
「じゃあ何で帽子置いてんのよ」
「別にいいだろうが!」
少し強めの返答。
「うん、じゃあいいよぉ~」
女はさかさまの帽子を拾い上げると自分の頭に乗せ、ゆっくりと立ち上がり、飯原の横に座った。
酔っているように見えるが、顔は別に赤くなかった。
文句を言うのも面倒(多分言った方が面倒になる)だったから、相手にせずに煙草を取り出す。
女は水を一口飲んで、飯原に差し出す。
「歌うと喉渇くでしょ~?」
間延びした声から視線を逸らす。
しかし、女はしつこく水を差し出してくる。
酔っている分、くどい。
明後日の方に煙を吹いて、ボトルを奪って水を飲んだ。
「ほら」
3分(さんぶ)程度残して女に水を返す。
「あ~、飲みすぎ」
女が膨れっ面して覗き込む。
飯原は舌打ちし、再び煙草を吸った。
「お詫びに何か歌ってよ、あたしが分かる歌」
「…あぁ?」
「いいじゃん、あたしはお客様よ?」
「俺は何も頼んでねぇだろ」
「ケチ!水飲んだくせに」
無視。
「バカ」
無視。
「ニート」
無視。
「若ハゲ予備軍」
「うっせぇな」
「あ、気にしてたんだぁ」
そう言って、女は帽子を飯原に被せた。
フッ、と強く煙を吐き、飯原はまだ長い煙草をコンクリートに捻りつけた。
女が肩に凭れてくる。
頭が耳に触れる。
「何でギターやってんの?」
「…別に」
「何か歌ってよ」
「歌わねぇ」
「ハゲ!」
「…ハゲねぇよ」
女が笑う。
下品な声で手を叩いたりせず、小さく肩を震わせる。
飯原が肩をすくめる。
項(うなじ)をぼりぼりと掻き、もう一本煙草を手にした。その時。
「…あたしの為じゃなくていいからさ」
声が寂しそうだった気がした。

「…あたしなんて居ないからさ」

女は、飯原から表情が見えないように俯いた。
耳から髪が離れ、距離ができる。うつ伏せに、顔を隠す。
飯原はため息をついて煙草を箱に戻し、帽子を女にポンとかぶせた。
そしてギターを構えた。

昔、一世を風靡したグループの歌。
とっくの昔に解散しているグループの曲。
普段飯原は目を閉じて歌う。
曲の最中、目を開けることはない。
別に見たいと思うものもない。
世間の介入が音楽(せかい)の邪魔だったから。
適当な音楽(じこまんぞく)に汚い世間が割り込むのが不愉快だったから。
…横目で女を見る。
顔を伏せたままだが、聞いていることが分かる。
何だよ。
ちゃんと居るじゃないか。

この歌は、最後に同じフレーズが続いている。
街が、黒から紫に変わり始めた。
赤が混じるまで、飯原は歌い続けようと思っている。
小さく「今日」のはじまりを見て、飯原は再び目を閉じた。




6時を回ったら、下のテナントの換気扇が動き出しました。
バイトまでには起きたいです。
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2007/06/10 06:21 | Comments(0) | TrackBack() | 文章

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