①は「文章」のカテゴリーからどうぞ。
どんどん出しとこう(笑)
どんどん出しとこう(笑)
ピンポーン。
どれくらい固まっていただろう。チャイムの音で我に返った。
ピンポーン。
まだ頭は混乱している。出なきゃと思うが体がついてこない。
「出なくていいのか?」
先程黒崎と名乗った黒猫が、長い尾を揺らして促してくる。言われた僕は漸く立ち上がり、玄関まで駆けた。
「早く出ろよ~、部屋間違えたかと思ったじゃん」
扉を開けると、秀司が立っていた。手に提げたコンビ二の袋には、ペットボトルが2本入っている。
彼は吉口秀司(よしぐち しゅうじ)という。大学に入ってからできた最初の友達に当たる。きっかけは必須科目の語学で隣の席に座ったこと。互いに地方出身同士(僕は愛媛、秀司は・・・確か石川だったか)で、早々にサークル絡みで仲間が出来た連中が教室の後ろに大挙して陣取る中、余った前の方の席に付かざるを得なくなった僕らは、意外と簡単に仲良くなれた。
「随分遠くに越したよな~ユウやん。アパート見つけるまでに迷っちゃったよ」
「うん・・・まぁね」
引越しの荷物を担ぎこんだ後、棚やテレビの配置を手伝ってもらおうと思っていたのをすっかり忘れていた。お聞きの通り、僕は『ユウやん』と呼ばれている。
「上がっていい?」
「え?あ~・・・うん」
謎の黒猫がいることが心配で、あまり上げたくなかったのだが、自分が呼んでおいて追い返すのも気が引ける。なので、一言断っておくことにした。
「中に変なの居るんだけど、いい?」
「はぁ?」
「いや、よく僕にもわかんないんだけどさ・・・」
「何?いかがわしいグッズとか何か出しっぱなしなの?」
「バカ!そんなんじゃねーよ」
「余程のモンじゃない限り友達続けるから安心しろよ。どうせ片付いてないんだろうし」
変な方に思いを馳せる秀司を上がらせる。黒猫がまだいるかもしれない部屋に入るまでも、秀司は辺りをきょろきょろしていた。
「へ~結構通りとかも広いんだ」
通路や部屋を含め、わりと余裕のある間取りも僕がこの部屋を気に入った理由の一つだ。普段ならその辺のプチ自慢なんかも挟みたいのだが、黒猫に平静な気分はどっかに持っていかれた。積まれた段ボールの隙間から部屋に入ると、秀司はすぐに殺風景な状況に似つかわしくない猫を見つけた。猫は布団から下りており、カーペットに行儀よく座ってこちらを見ていた。
「・・・何コレ?おまえ、猫飼うの?」
「ん・・・分かんないんだけどさ、居つく・・・みたいで」
「へ~、かわいいじゃん!実家にラブラドール居るんだけど、猫もいいよな~」
秀司は猫の前に座り、頭や喉を撫で始めた。僕の部屋に勝手に上がりこんだ身だ、人間には慣れているのだろう。黒猫は恐がったり嫌がる素振りを見せず、秀司に触れられている。ただ、その大人しく撫でられている姿が、何故だろう、僕には「撫でさせてやっている」様に見えるのだが。
「名前何?」
「・・・黒崎だって」
「は?何それ?二番煎じ?」
二番煎じ?何のこっちゃ。
「だってこいつが・・・」
言いかけて止まる。猫が自分で名乗った、って言って、果たして秀司は信じるだろうか。そもそも僕だってまだこの猫が本当に喋ったなんて信じられた訳ではない。声は聞いたが、認めてないのだ。・・・でも、やっぱり言ってみる事にする。
「こいつが自分でそう名乗ったんだもん」
黒猫の喉の唸りだけが部屋に響く。そのぐらい静かになった。秀司の冷ややかな目が、静かな部屋の体感温度を更に下げる。でも、僕だって退けない。
「マジだって!僕だって嘘だと思ったもん!ほら、何か言ってみろよ!なぁ!」
秀司の刺す様な視線を逸らし、僕は撫でられている猫に食って掛かった。ところが相手は僕を無視し、撫でる手が止まった秀司の代わりに前足で顔を洗い始める。
「この・・・何とか言えって」
黒猫は気懈そうに目を見開いて言った。
「『にや~~~~~』」
「棒読みで「にゃー」とか言ったって何の証拠にもならねぇだろ!」
「『うにや~~~~』」
「無駄なマイナーチェンジすんな!!」
何でこんなに小馬鹿にされるのか理解できない。初日から謙虚のカケラもない居候なんて嫌われるぞ。いらいらと頭の熱が上がるのを、秀司のため息が冷ました。
「もういいよユウやん。こちとらドン引きだぞ?さっきから猫相手に独りでさ・・・」
秀司はこちらが少しでも弱いところを見せるとそこを手厳しく突いてくる。その際のコメントと、オプションの態度は辛辣。
「・・・ぁあ、もういいや!秀司、その猫ほっといてシルバーラック組み立てるの手伝って!」
秀司にこの態度をされるともう敵わない。緩む気配の無い冷たい目線を無視し、強引に事を運ぶしかもう道は残されていないのである。秀司も「へいへい」と適当にこぼし、立ち上がる。
「ほら、どけよ!邪魔!」
猫を足で追い払う。
「へいへい」
面倒臭そうに言いながら布団の上に移る黒猫。多分秀司を真似たな。
・・・ん?
「なぁ、今の聞こえた?こいつ今「へいへい」って言った・・・」
「俺、帰っていい?」
「・・・ごめんなさい」
秀司にばっさりと切り捨てられ、僕は大人しく作業に撤することにした。
この黒猫のお陰で、まだ全然片付いてない部屋を整える体力なんて残っているか自信が無い。あくびして丸くなる猫が、恨めしく思えた。
と同時、思った。
秀司には、声が聞こえていない。
彼は動物を殺したことがないんだと。
◆こんなトコで終わるって極悪ですか?(笑)まぁ読み切りだったと思ってください。
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